漢文へのアプローチ



第8課 いろいろな文型①

──存現文「…がある」・使役文「…に…させる」・受身文「…に…される」


田中有株。 デンチュウに くいぜあり。
桓侯使人問之。 カンコウ ひとをして これをとわしむ。
小人役於物。 ショウジンは ものに エキせらる。
漢軍為楚所擠。 カングン ソの おすところとなる。

◆8-1 存現文

存現文とは、存在文・現象文を合わせた呼称である。文脈上で未知の人や物、または不特定の人や物の存在・出現を表わす場合に用いられる。
《存在文》では、主語は、話題となる人や物の存在(または非存在)を指摘すべき場所や対象・範囲を表わし、存在動詞の後に置かれる目的語が、日本語の文であれば主語に当る、存在・出現するもの自体を表わす語となる。


《存現文》の文型:主語(場所・範囲)∥存在動詞(有・無など)または現象動詞(降など)目的語(存在・現象の主体)

⓪田中有株。
田中∥+。[デンチュウに くいぜ あり](田の中に切り株がある。)
①斉有孟嘗君。
斉∥+孟嘗君。[セイに モウショウクン あり](斉に孟嘗君がいる。)
②宋人有酤酒者。
宋人∥+〈酤+酒-者〉。[ソウひとに さけをうるもの あり](宋の国の人に酒を売る者がいた。)

②は者字構造の句が目的語となった例。存在文は文脈上で未知の人や物の存在や出現を表わすため、物語文や記録文等において、者字構造と組み合わせられて「…者がいた(現われた)」という形で用いられることが多い。


存在動詞以外でも、「多い」「少ない」といった、存在の意味を含みもつ形容詞が目的語をとって存在文を作る場合がある。


③山多石。
山∥+。[やまに いし おおし](山には石が多い。)
④門庭罕人跡。
門庭∥+人跡。[モンテイに ジンセキ まれなり](屋敷に人の出入りはまれである。)

《現象文》は自然現象などを表わす文で、主語はその現象の生起する範囲などを示し、現象を表わす動詞の後に実質上の主語が来る、存在文と同様の構文をとる。


⑤是夜降雪。
是夜∥+。[このよる ゆき ふる](この夜雪が降った。)
⑥廉県雨肉。
廉県∥+。[レンケンに ニク あめふる](廉県で空から肉が降った。)
  

⑥の「雨」は、ここでは「あめ」の意の名詞ではなく、「空から何かが降る」という現象を表わす動詞として用いられている。



「有」 と 「在」

ともに訓読みは「あり」で同じだが、「有」は文脈上で未知のもの(それまで話の中に現われていないもの)を文脈の中に提示する働きをする「存在動詞」であり、一方「在」は既知のものがある場所や空間に位置を占めることを表わす、つまり「ある・いる」という動作行為を表わす「一般動詞(自動詞)」である、という違いがある。「有」の場合は存在するものは目的語の位置に入るが(有○○)、「在」の場合は存在物が主語になる(○○在)。


●否定の形

存在文の否定、すなわち「存在しない」の意を表わす場合は、否定の存在動詞「無」を用いるか、もしくは存在動詞の前に否定の副詞「不」「未」「没」などを加える。


⑥江南無麦禾。
江南∥+麦禾。[コウナンに バクカ なし](江南には麦や粟が存在しない。)
⑦天下未有信之者也。
天下∥-+〈信+之〔者〕〉〔也〕。[テンカ いまだ これをシンずるもの あらざるなり](天下にこれを信じる者はいない。)
⑧臣無有分寸之功。
臣∥-+〈分寸〔之〕-功〉。[シン フンスンのコウ あるなし](臣(わたくし)にはわずかばかりの功績もありません。)※この場合の「無」は否定の副詞。

※「無」や「未有」の目的語に否定副詞を含む句が入ると、二重否定(存在の強調)となり、例外がないことを表わす文となる。
⑨楚戦士無不一以当十。
楚戦士∥-《一⮀以》-当+十〉。[ソのセンシ イチ もつて ジュウにあたらざる なし](楚の戦士には 一人で十人の敵に匹敵しない者はいない。)※「一以」は前置詞と前置詞目的語が倒置された形。
⑩自古及今未有不亡之国也。
《自+古》・《及+今》-未-有+〈〈-亡〉〔之〕-国〉〔也〕。[いにしえより いまにおよぶまで いまだ ほろびざるのくに あらざるなり](昔から今に至るまで 滅びない国はなかった。)

●存在文と前置詞「以」

存在動詞に前置詞「以」を組み合せた「有以●●」「無以●●」は、固定的な表現として用いられる。この場合の「以」は理由・原因、手段・方法などを導く前置詞で、前置詞目的語が省略された形である。「●●」には動詞が入り、この動詞が表す事態の原因や手段として、不定の何かが存在している(いない)ことを表す。「●●する方法がある/ない」「●●する理由がある/ない」の意となる。


⑪人有以生。
人∥+〈-生〉。[ひと もっていくる あり](人には生きるための手段がある。)
⑫無以立也。
+〈-立〉〔也〕。[もってたつ なきなり](しっかりと立ってゆける根拠がない。)

◆8-2 兼語文

「兼語」とは「二つの役割を兼ねる語」の意で、つまり目的語と主語の二つを兼ねる語をいう。例えば、本課冒頭の例文第二条「桓侯使人問之」は、次のようなA・B二つの文が融合した構成になっていると考えることができる。

桓侯使人問之。 = ( A「桓侯∥使+人」+B「人∥問+之」 )

この文における「人」の語は、A文の使役動詞「使」の目的語とB文の動詞「問」の主語の二つの役割を兼ねているため、「兼語」と呼ばれる。このような兼語を含む形式の文を「兼語式」の文という。(以下に挙げる例文ではマーカー部が兼語に当る。)


●使役型:主語∥使役動詞+兼語∥述語(+目的語)

使役動詞には「使・令・遣・教・命」などがある。書き下しでは、日本語には存在しない兼語式の構文を処理するため、兼語に「をして」という送り仮名を付し、使役の動詞(使・令など)に日本語の助動詞「しむ」を当てて読む。使役動詞が「命」「遣」の場合は、「…に命じて…しむ」「…を遣(つか)わして…しむ」のように読む。

  

  • ※なお、漢文における使役の表現として、使役の動詞を用いず、通常の述語構造と同様の「述語+目的語」(A+B)の構成で、そのまま「BにAさせる」の意味を表わす場合がある。これについては、第3課の「品詞の活用」の項目を参照。

  • ⓪桓侯使人問之。
    桓侯∥使+∥問+之。[カンコウ ひとをしてこれをとわしむ](桓侯は人にそれを問わせた。)
    ①天帝令我居此。
    天帝∥+∥居+此。[テンテイ われをしてここにおらしむ](天帝が私にここにいさせる。)
    ②天子遣我誅王。
    天子∥+∥誅+王。[テンシ われをつかわしてオウをチュウせしむ](天子は私を派遣して王を殺させる。)

    ●存在型:主語(場所・範囲)∥存在動詞(有・無)+兼語∥述語(+目的語)

    存在型でも同様に、兼語は存在動詞の目的語と後の動詞の主語とを兼ねている。


    ③有朋自遠方来。
    +∥《自+遠方》-来。[ともあり エンポウよりきたる/とも エンポウよりきたるあり](遠くからやって来る友達がいる。)
    ④衛霊公有寵姫曰南子。
    衛霊公∥+寵姫∥曰+南子。[エイのレイコウにチョウキあり ナンシという/エイのレイコウにチョウキのナンシというあり](衛の霊公に南子という寵姫がいる。)
    ⑤無草不死。
    +∥不-死。[くさとして シせざるはなし](枯れない草はない。) ※否定形の兼語文。

    ◆8-3 受身文

    受身文は、通常の叙述文(動詞述語文)と異なり、動作の受け手(受動者・被動者)を主語とし、動作行為の実行者(主動者)によってどうされたかを記述する文である。(ただし、主動者は場合によっては省略されることもある。)

    最も単純な形としては、次のように、単に動詞だけ、述語構造だけで受動を表わす例がある。


    ①比干剖。
    比干∥。[ヒカン さかる](比干は体を切り開かれた。)
    ②地奪諸侯。
    地∥+諸侯。[チ ショコウにうばわる](土地は諸侯に奪われた。)

    しかし、このような形だと一般の叙述文との区別がつかないことから、受身文であることを明示する何らかの目印になる語(前置詞・助動詞等)を加える形式が発達していくこととなった。


    ●A 前置詞「於」型

    前置詞「於」型は、「於」を用いた前置詞句《於+主動者(動作の実行者)》を述語の後(補語の位置)に置くことによって主動者を明示するものをいう。


    ⓪小人役於物。
    小人∥*《於+物》。[ショウジンは ものにエキせらる](小人は物に使役される。)
    ③趙数困於秦。
    趙∥数-*《於+秦》。[チョウ しばしばシンにくるしめらる](趙はしばしば秦に苦しめられている。)

    通常の叙述文は、主動者が主語、被動者が目的語であるが、これを入れ替えて前置詞「於」型の受身文とすることにより、次のように書き換えられる。


    通常の叙述文:主動者∥述語+受動者
    ↓↑
    受 身 文 :受動者∥述語*《於+主動者


    ●B 助動詞型

    助動詞型とは、受身の助動詞「」「」等を動詞の前に置いて表すものをいう。


    ④盆成括見殺。
    盆成括∥-殺。[ボンセイカツ ころさる](盆成括は殺された。)

    ※助動詞型の場合でも、主動者を明示する場合には、前置詞構造《於+主動者》を述語の後に置く。
    ⑤大王見欺於張儀。
    大王∥-欺*《於+張儀》。[ダイオウ チョウギにあざむかる](大王は張儀に騙された。)
    ⑥万乗之国被囲於趙。
    万乗之国∥-囲*《於趙》。[バンジョウのくに チョウにかこまる](戦車一万乗を動員できる大国が趙に包囲された。)

    ※なお「被」は、西晋の時代になると助動詞から前置詞へと転化し、次のような独自の構文を構成するようになった。
    前置詞「被」型:受動者∥《主動者》‐述語 ※前置詞句《被+主動者》は述語の前に置かれる。
    ⑦亮子被蘇峻害。
    亮子∥《+蘇峻》‐害。[リョウのこ ソシュンにガイさる](亮の子は蘇峻に殺された。)

    ●C「為」字型

    「為」字型とは、動詞「」を用いた叙述文の形式(〈述語「為」+目的語(主述構造の名詞句)〉の形式)で受動を表わすものをいう。「為」字型は受動の形式として最も安定した(誤解の余地の少ない)ものであることから、様々な古典籍の受身文に対する注釈の文で本文をパラフレーズする際にも多用される。

    この「為」字型の最も発展した形は《「為」字型〈4〉》で、これは「為」字が所字構造と併用される「X∥+〈A-B〉」という文型である。所字構造は動詞に「所」字が加わることにより「動作・行為の及ぶ対象」を表わす名詞句となったものであり、「」は「…になる」の意味の動詞であるから、この形式の文は「〈X(主語=被動者)〉が〈A(=主動者)のBする対象〉(目的語)になる」という意味を表わす。つまり実質的には「XがAにBされる」という受身の意味となるのである。


    「為」字型〈1〉:受動者∥+〈主動者‐述語〉
    ⑧身為天下笑。
    身∥+〈天下‐笑〉。[みは テンカのわらいとなる](自分は天下の笑いものとなった天下の人に笑われた)。)

    「為」字型〈2〉:受動者∥+述語
    ⑨楊干為戮。
    楊干∥為∥+戮。[ヨウカン リクとなる](楊干は殺された。)

    「為」字型〈3〉:受動者∥+〈主動者〔之〕-述語〉
    ⑩為天下之大僇。
    +〈天下〔之〕-大-僇〉。[テンカのタイリクとなる](天下に大いに恥辱を受けた。)

    「為」字型〈4〉:受動者∥+〈(主動者〔之〕-)〈〔〕述語〉(所字構造)〉
    ⓪漢軍為楚所擠。
    漢軍∥+〈-〔〕擠〉。[カングン ソのおすところとなる](漢軍は楚軍に押された。)
    ⑪人主為人臣之所制。
    人主∥+〈人臣〔之〕-〔〕制〉。[ジンシュ ジンシンのセイするところとなる](君主が臣下に制御される。)

    ※上に述べた受身の構文は、次のように相互の書き換えが可能である。

    前置詞「於」型:受動者∥述語*《於+主動者》
    魚釣於我。(魚が私に釣られる。)
    ↓↑
    助動詞「見」型:受動者∥見‐述語*《於+主動者》
    魚見釣於我。
    ↓↑
    前置詞「被」型:受動者∥《被+主動者》‐述語
    魚被我釣。
    ↓↑
    「為」字型〈1〉:受動者∥為+〈主動者‐述語〉
    魚為我釣。
    ↓↑
    「為」字型〈4〉:受動者∥為+〈主動者‐〈〔所〕述語〉〉
    魚為我所釣。